
淡いグレーの被毛に黒真珠のような美しい瞳をもった
ネザーランドドワーフのハルを見送ってから約6年経ちますが、
私の記憶の中で姿形が色褪せることは今でもありません。
一方で楽しく過ごした思い出もたくさんあるはずなのに、
亡くなった瞬間のことが強烈に脳裏に焼き付いて消えることもありません。
当時は自分自身の手のなかで看取ることができて良かったのかと思えたのですが、
時間が経つと2ヶ月間毎日続いた動物病院通いや、最終的に開腹手術にまで至ってしまった治療は
果たしてハルのために良かったのかと自問自答してしまいます。
未だに当時のことを思い出すと胸が痛み、涙も出てきます。
その時は、私が治療を諦めるとその時点でこの子の命が尽きてしまうと必死でした。
ハルは健気にも毎日の強制給餌も点滴も耐えてくれました。
最後の最後まで私たちに甘える姿をみせ、生きることを諦めていなかったように見えました。
大きな術創を抱えて自力での呼吸が困難になりながらも私のそばに歩み寄り、
私をみつめるハルの姿は愛おしくも苦しそうで私は思わず、
「もう、いいよ。がんばったね。もう、無理しなくていいよ。」と泣きながら口にしてしまいました。
翌朝、治療のために動物病院に行きましたが、治療の途中でショックを起こし、
ニトロを打っても心臓マッサージをしても息を吹き返すことはありませんでした。
最後、ハルの美しい目に私が映っていました。その瞳が忘れられません。
このように、愛兎の回復を願いながら治療を続けましたが、
小さなあの子の身体には多大な負担を掛けてしまったのではないかと後悔がないわけではありません。
今現在、愛猫2匹と暮らしていますが、この子達が同じような境遇になったとき、どうしたらいいのかと考えることがあります。
ハルを見送ってから数年は喪失感に苛まれて、新たにペットを迎え入れる気にはなりませんでしたが、
巡り巡ったご縁で2匹の愛猫に恵まれました。
そして、いま、この子達の幸せを考えること、若く健康な今の時点で”もしも”の時にどうすべきか考えること、
私がこのような事業をしようとしたこと、これらはハルが繋いでくれたご縁おかげです。
触れられる肉体は失ったかもしれませんが、あの愛くるしい姿やふれあいの記憶は今でも私を癒してくれますし、
ハルの存在は私の思考や行動にヒントを与え続けてくれています。
そう、亡くなっても未だに私に影響し続けています。
……
ペットさんを失った後、悲しい気持ちも寂しい気持ちも消えることはないかもしれませんが、
その気持ちを否定したり、無理に押し込む必要もないかと思います。
でも、ペットさんは姿形を変えて飼い主様に寄り添い、たくさんお話ししているのではないかと思います。
喪失感からその声まで遠のいてしまうことがないよう願わずにはいられません。
心に響くその声と対話することで引き続きその子との関係が築いて行けるのではないかと…6年経って思う次第です。


