
僭越ながら、本日は私の喪失体験のお話をさせていただこうかと思います。
(実兄と愛兎のお話です)
時間が経過したからこそ、考えられるようになった心境を綴っておりますので、参考になるような?ならないような?お話かもしれませんが、だれかのお役に立てたならと思い、投稿いたします。宜しければ最後までお付き合いください。

今月/10月というのは、私にとっては少し重苦しい月です。
突き抜けるような爽やかな秋晴れの日も、台風の大雨も、逝ってしまった大切な存在を想い起こさせます。

私は3人兄弟の末っ子になります。歳の離れた兄が二人おります。…おりました。
いつもこの説明の時に過去形を使うか現在形を使うか迷ってしまいます。
次兄が亡くなったのはもう24年も前になるのですが、今だに表現方法に困ってしまいます。
そうですね。三人兄弟であることには変わらないから…って思うのですよね。今でも。
でも、人様と兄弟についてお話する際に現在形を使うと、存命だと思われますし、過去形を使うと気を使わせるようで申し訳ない気持ちになったり…、でも私の中ではずっと三人兄弟だし…って思いがあって、結局今でもモゴモゴ回りくどい説明になってしまいます(苦笑)。

次兄とは6歳離れているのですが、本人が32歳、私が26歳の時に病気で亡くなりました。詳細な経緯は割愛致しますが、妹の私からみても少し不器用な性格で、それ故にやるせなさを感じる短い生涯でした。
また、年齢差と兄の性格も手伝ってか、兄は少し私を遠ざけるような人でした。思春期の男の子からすると、ちっちゃな妹は疎ましかったのかと思っています。高校生の途中で家を出たこともあり、頻繁に会うこともなく、そのままの距離感でお互い成人していった感じです。
それでも、私が20代半ばになると少しずつフランクに話せるようになっていました。「きっと私の精神年齢が大人になったから、許容されたのかな?これからもっと仲良くできるかな?」と嬉しく思いながら当時住んでいた福岡に戻ったのをよく覚えています。
その矢先の訃報だったので、本人の若さとこれからの関係構築への期待が失われたことに強烈な無念さを感じました。『兄ともっと仲良くしたかった』という、私一人ではどうしようもなかった後悔が消えることはありません。

次兄が亡くなってからは、『どうか兄の魂が安らかで穏やかでありますように…。不自由がありませんように…。幸せを感じられますように…。』と願っています。きっと仏様になって私が心配するような状況ではないと思うのですが、それでも、今もそう思ってしまいます。
先日は兄の命日でしたが、24年たった今でも同じように願う自分にやっぱり根本的な思いは変わらないのだなと実感しました。
24年、長いようであっという間でした。自分の生活にも沢山の変化はあったけれども、変わっていない・止まったままの部分があるのだなと思いました。
兄の告別式は自宅で執り行いましたが、その日は、雲一つない秋晴れで庭からは海が煌めいているのが見え、太陽が高い位置で輝き、時折心地よく爽やかな秋風が吹いていました。葬儀社の方と「今日は本当にとてもいいお天気でよかったですね」と空を見上げながら言葉を交わしたのを鮮明に記憶しています。
なので、毎年秋の晴天の日は特に強く兄を思い出します。


同じく、10月は私の愛兎・ハルの命日でもあります。
あの子が逝ったのは6年前になります。10月の連休初日の土曜日で台風のせいで大雨でした。
秋ごろの台風になるとハルへの思いが一層増します。

思いがけない感染症から2ヶ月間通院治療をしておりましたが、治療の初期段階で肺や消化器の状態を見るためにレントゲン撮影をしましたら、心臓(右心房)に異形成があることが判明しました。循環器系の機能が不十分ということになるので、一旦体調を崩すと元のように元気な状態に戻るのは難しいかもしれないと言われました。
それでも、治療法はあるということでしたので、獣医師の指導に従うことにしました。小動物ということで、お薬を与えるにしても、犬猫用の薬剤を体重換算で少量にして投与するのですが、それでもやはりウサギさんの体には強く作用してしまい、原因疾患を治すアプローチが他臓器を傷めてしまう結果につながってしまい、そのケアをするために別のアプローチを…と繰り返すうちに、どんどん体調が悪くなってしまいました。
私自身は前職の仕事上、ウサギの専門知識やハンドリングなど習得・把握できているつもりでしたので、大切にお迎えできる自信がありました。その一方で、病気になった際にウサギさん用のお薬がないという懸念点も承知しておりましたが、体重換算で適量を投薬すれば大丈夫だろうと思っていました。しかし、実際に投薬となると強すぎる作用がでてしまう現実に、自分の考えが甘かったことを痛感しました。
それでも、快復の望みがあるのならばと、獣医師が提案する治療方法も理解したうえで、治療を続けましたが、最終的には開腹手術が必要な状態になってしまいました。ここに至るまでに手前で獣医師と安楽死の可能性も検討もしましたが、「この手術に賭けたい」「私が諦めたらその時点でこの子の命が尽きてしまう…」という切迫した思いがあり、判断を先送りにし、これで回復の兆しがないなら…という覚悟で手術を依頼しました。
手術そのものは上手くいったそうで、一旦自宅に連れ帰ったのですが、術前から続いていた呼吸が苦しそうな状態は改善されていませんでした。「もうダメかもしれない…」という考えがよぎり、胸が張り裂けるような思いで、夫とハルと3人で川の字になってその夜は過ごしました。
術後確認のために、翌朝も病院に行ったのですが、診療の際にショックを起こし、その場で亡くなってしまいました。

2ヶ月間、毎日続いた通院で、「私がいない時ひとりで淋しく逝ってしまったらどうしよう…」という心配が常にありましたので、自分の腕の中で看取ることができた・ひとりぼっちで逝かせなくてよかったと当時は思ったのですが、今ではたくさんの後悔があります。
そもそも、病気になった際に専用の薬剤のない動物を受け入れたことが間違いではなかったのか?自分の知識を過信していたのではないか?安楽死の判断を誤ったのではないか?小さな身体に酷な治療を強いたのではないか?…と幾重にも後悔が押し寄せてきます。時間が経てば経つほど、今でも別の後悔が出てきます。
病院で亡くなって、呆然としたまた自宅に連れ帰り、夫の提案のままにその日のうちに火葬に出したのですが、その当時私は「エンゼルケア」「エンバーミング」(※リンクは参照程度にお願い致します。まずは、かかりつけ医にご相談のうえ、サービス内容を吟味してご利用ください。)の知識がなく、獣医師にそれをお願いすることもなく、そういったキットを取り寄せることもなく、遺体を腐敗させたくない、きれいなまま送ってあげたいという思いがあり、早々に火葬していただいたのですが、適切な処置のうえ、数日一緒に過ごす時間があればまた、心の動揺も抑えられたのではないかという後悔もありました。
また、ハルの死を受け入れているようで受け入れていないのか、ケージなどをどうしても片付けることができず、2ヶ月ほどそのままにしていました。また元気になってチモシーを食べてくれるかなと思って亡くなる数日前に取り寄せた新鮮な緑色のチモシーも未開封のまま茶色く変色してしまっていました。ケージの中に設置していた陶器のトイレも少しヒビが入っていたので元気になったらそのタイミングで…と交換用に新しいトイレも買っていましたが、未使用のまま佇んでいました。
どうしても、片付けられなかったのですが、このままでは何も進められないと思い、夫がいない日に泣きながら一つ一つ片付けていきました。その作業はもう一度ハルを送り出すようでとても辛かったです。どうして亡くなってからすぐに片付けなかったのだろうかと後悔しました。

そんな二つの命日がある10月は重苦しくもあるのですが、温かくもあります。
決して辛いだけの月ではないです。今では…。
次兄を喪ったこと、愛兎・ハルを喪ったこと、それぞれに悲嘆(グリーフ)の想いがあります。数十年、数年を経て、感情や考えにもいろいろと変遷があります。喪失感が再び襲ってくることもありましたし、これからもあるかもしれません。
私自信も歳を重ねて、思考も変わってきますので、「諸行無常」という言葉もあるように、案外一定になる事ってないのかもしれないなと思うようにもなりました。
でも、それでいいと思っています。
次兄もハルも肉体はもうないかもしれませんが、その存在は今でも私に影響し続けています。私にいろんな思考や感情を抱かせてくれます。グリーフケアや死生観を学ぶうちに、そのような考えに至ることができました。
私は、「虹の橋」のお話を否定するわけではないのですが、大切な存在は重い痛い苦しい肉体や感情から解き放たれて、自由で健やかな存在として我々のすぐそばで、我々を援助してくれているのではないかと思います。
そんなに、思うほど遠くにはいっていないと思うのです。

なので、悲嘆の想いは痛い時もあるかもしれませんが排除するものではなく、自分自身を成り立たせる大切な一部分だと思っています。
消す必要もなく、大切な存在の痕跡があることをむしろ誇りに思ってもいいのではないかと思います。
家族といっても在りようは様々です。悲嘆(グリーフ)を感じられるのは、お互いに絆があったこと・愛情があったことの証だと思います。
私が次兄を想う感覚はきっと長兄や父・母それぞれが次兄に感じている事とは似て非なる私固有の感情だと思います。同じ家族であっても、それぞれに立場が異なるので、異なる感情があって当然だと思います。

兄を喪って24年、愛兎・ハルを喪って6年。
今、この時でないと思い至らなかった気持ちを書き出してみました。
大切な存在を亡くしたばかりの時期には、到底このようなことは考えられないと思いますし、12年前や3年前では書けなかった気持ちだとも思います。
ペットロスやグリーフケアのことを発信しようと思わなければ、文字に起こすこともなかったかもしれません。
でも、この拙い文章でも、いつか、どこかの誰かのお役に立てればと思い、書いてみました。
また、ハルのエピソードの中でも少し触れていますが、「センゼルケア」「エンバーミング」を知らなかった後悔、安楽死の判断・ケージの片付けを先送りにした後悔、などを綴ることで、お読になられた方の心構えに何かしらプラスの作用があればと願っております。
そして、「後悔」も相手を想う気持ちがあればこそだと思いますし、その想いは喪った存在が身をもって教えてくれた事だと思います。
だから、「後悔」の感情も自分を責める気持ちと捉えるのではなく、それを無駄にしないように、これからの『生』に活かしていくことができれば、喪った存在が報われるのではないかと思います。
現在は私も愛猫2匹と暮らしております(あ、夫もいます)。ハルへの後悔を教訓として、元気なうちにきちんと看取りについて考えようと思っています。
(でもやっぱり、あまり考えたくないなとか思うのも事実です。考えるだけで泣いちゃうから。なので、ちょっとずつ考えています。)
取り止めのないお話で、まとめもないのですが、最後までお付き合い下さいまして有難うございました。

こうして喪った存在のことを思いながらその気持ちなどを書き出すことは、心の整理にもつながりますし、癒しにもなります。誰に見せるとか関係なく、ご自身のために思うままに書いてみると自分でも認識できなかった、自分を発見できるかもしれません。
よかったらお試しください。
もう10月も終わりが近づいていますが、皆様も素敵な秋をお過ごしくださいませ。

関連記事:私の体験:愛兎を見送ってから6年の今

せっかくなので、ハルのギャラリーを載せちゃいます🐰💕






亡くなって数年は写真を見返すのも辛かったですが、今ではこうして見返すことでまた癒されています。
そして、もっと写真とっておけばと後悔しています(苦笑)。

